2020.10.18

2020.10.17

今日はまだ更新する気のない文章を書いている。15日になんだか疲れていたのは本当だけど、混乱していたのは空腹と寒さのせいで、辛い物を食べたら割と元気で、だから昨日も書きたかったのだけど、少し公開する文章を書く脳を休ませたいと思って我慢していた。

日々適当に書いているようで、意外と疲れているし、公開にプレッシャーを感じていることは、たまにTwitterを小休止するときの体感でわかっている。ブログに移行してわかったのは、ツイートしたい欲求はSNS中毒じゃなくて書きたいという欲求だったというくらいで。日記を書き、自分の恥ずかしさや自意識と向き合い、消さない、という習慣ができた今、もはや自分にとっては公開する必要すらないのだとは思う。もう我慢ができなくて、まだ公開しないという言い訳で書き始めているし。

どうせこんなに書きたいならもうちょっといい文章書けたらよかったと思うけど、友人達がブログという時代遅れのプラットフォームをわざわざチェックして、たまに感想をくれる程度の文章が書けているだけで十分でしょう。あと、友人が言ってくれた「日本語センスがすごい好き」という言葉を、キモいくらい心の支えにしています。そもそもいい文章書きたいと本気で願うなら、もう少し真剣に書きなよという話なのはわかっている。

 

最近自分でも何を考えているのかわからないという答えは意外と簡単に見つかって、いまは自分が本当はなにをどう感じていて、なにが好きで、なにをしたいのかを考えているフェーズなのだと思う。友人に「あなたは素直すぎて愚か」と言われたことがあって、その言葉には納得しているのだけど、それは外界に向けた戦略の部分の話で、気持ちは自分にすら素直ではない。私の決断力、行動力、奔放さを自分の人生に還元するためには、方向だけは見誤っちゃいけないのを無意識でわかっているから定期的にこの時期があったのか。

そういえばなぜ写真を撮っているかわからないと大阪で思った話を書いたけれど、あれについてもわかった。

 

寒くて雨でも、防寒をして長靴をはくと快適に散歩ができる。外の肌寒さや暖かさを感じるのは快適な家に籠っているよりずっといい。折れたカポタストを買い直しに楽器屋へ行って、家でギターを弾いた。軽くで良いからドラムが叩けるようになりたい。

 

2020.10.18

youtubeでサジェストされた『菊地成孔が擬似ラジオ番組をスタート』という動画を見てから、ヘラヘラと適当なことをしゃべり続ける激渋いおじさんにすっかり骨抜きにされていて(「夜電波ロス、ニューヨーク、カリフォルニア」のくだりが最高)、家ではスピーカーからずっとジャス(『粋な夜電波』)が流れている。もうメロメロです。

ブランド物に目がないってわけじゃないけど、基本はタクシーで移動しちゃうし、特別な日にはデパートで買ったドレスを着れちゃうような時代に生まれたかったなあ。

 

出かけようとなんとなく新宿に行く。化粧水を買って、大判のストールを探したけど好みのものが見つからずに見送り。ダウンやモッズコートがとにかく似合わないので真冬もウルトラライトダウンにウールのコートでしのいでいるけど、今年は何かしらの暖かい上着を見つけたい。それはもう少し先かしら。

新宿東口の広場を通ったら、渋いおじさん(おじいさん)達がめちゃくちゃいいセッションをしていて、足を止めてる人は少なかったんだけど(動画を撮ってすぐに立ち去ってしまう。個人的には最悪と思った)、私はかなり楽しんだあとに1000円置いていったら「ありがとね」と言われて、きっとお互いに嬉しかったよなと思って、すごいにっこりしちゃった。家によいスピーカがあるので部屋では基本的にご機嫌に踊っているのだけど、そろそろその空間を人と共有したくなってきたところだったので、本当に嬉しかった。

 

新宿にはわりと活気が戻ってきていて、少し疲れてしまって3丁目を歩いていたら、そういえばここがあったという好きなカフェの前を通りかかる。いまも煙草が吸えて24時までらしい。友人に訊かれたときなんで出てこなかったんだろう。記憶をたどるのは得意だけど、情報は全然覚えていない。とにかく。

 

15時すぎだったけど珍しく一人でこれから飲んでしまおうかというくらいお酒が飲みたくて、飲みたいなあと思いながら新宿を徘徊して、でもお店に入って夜電波を止めたくないなと思ったところで、こいつのせいでこんなにお酒が飲みたいのかと気付く。そんなことあるんだ。

そうと気付けばスウィートな死の覚悟とともに踵を返して吉祥寺に戻り、デパ地下でお惣菜とデザートと小さいロゼのボトルを買って家に帰る。メインは鴨が食べたかったけれどなかったのでカツオのたたきにした。

本当はだれかと飲みたかったけど、ただ『粋な夜電波』を聴きながらお酒を飲む(しかも日曜日に明日有休の人の家で)ことに付き合ってくれる人がいるとは思えず、誰にも連絡せずに17時半前から飲み始める。

夜電波はシャンパン特集から。料理は前菜から始めて刺身(メインなのか?)、ボトル2/3くらい飲んだところでご機嫌にステップを踏みながらカルボナーラを作り、食べ終えて、よくこのボトル一人で飲めるようになったなあとかへらへらうひゃうひゃしながら床に倒れこんで、気付いたら20時だった。家バンザイ。これが始めから終わりまで水も飲まずにシャンパンを飲み続ける酔い方かあと思いながらベッドに移動して、二度寝。起きて21時。コーヒーを淹れて、モンブランプリンを食べながらいまこれを書いている。さ、さいこう...。正気には戻れない。

 

昨日の話だけど、ずっとやろうやろうと思っていた棚の一番上の段を空けて本棚にする作業を、いよいよ本がしまいきれなくなったのでやって、そしたら意外と空いたスペースを見てなんか気持ちに余裕ができちゃってやばい。ここが埋まったら本当に棚がないんですが。

 

最近思うのは、自分が使い方を自由にコントロールできる時間が少なすぎて、それが有限であることを身体に染みついてしまっているのが諸悪の根源であるということ。人生に支障をきたしている。

 

今日はまだブログ更新しないつもりだったけどご機嫌なのであげちゃう。