恋がなんだ

3日間水を注ぎ足していない水槽の音がうるさくて、全然眠れなかった。

昨日の夜、友人と電話をして、好きな人はいるだのいないだのの誘導尋問をされて、こっちで整理して話せるくらいに考えがまとまったら話すから放っておいてほしかった。けど、昨日はなぜかめちゃくちゃしつこかったので(私のかわしかたももうばれてるんだろうなと思う。意識的にやってるわけじゃないんだけど、パターンがあることに自分でも最近気付いた)、仕方なく「愛はわかるけど恋はわからない。始めになにをもって彼女を好きだと思ったの?」と聞いたら、いつも女の子を慰めるときにやってるのと同じように手を変え品を変え、本の引用やらどっかで聞いた話をされて、まあ面白くはあったのだけど、なんで周りの女の子たちはこの人のこの軽薄さに気付かないのだろうと思ったりもした。人の感情踏み荒らしといて手前が出してくるカードはそれかよっていう。魂で会話してこいや、と思いました。

結局1時くらいに「この話はもっと深い時間まで議論できる日に持ち越しましょう」ということになって、私の「別に愛でいいと思ってるんだけど、ところでみなさんが言っているそれはなんですか?」がわからないさみしさだけが残った。わりと普通にムカついている。


↑眠れなくて4時に書いた文章があったのでそのまま掲載。めちゃくちゃ八つ当たりしてるけどちょっと面白かったので。

恋がわからないとかは普通に嘘だな。その感情が大抵制御不可能なもののように扱われていて、でも私にとっては制御可能で、じゃあ別物なんじゃないの?と思っていたけれど、大抵の人は私より感情の解像度が低いからコントロールできないだけなのだとわかった。

代替不可能な存在だなんて広く見ればそれぞれに当たり前で、長い目で見れば嘘で、自己欺瞞だよね。結局はその人とどのくらいの距離感でどのくらい時間を積み重ねていくことを選ぶかというバリエーションのひとつでしかなくて、それは理性と遠いところにあるものではないと思う。けどなあ。

不幸ではないけど、幸せにならない考え方をしているなとは重々承知している。感情を読み解く理性に逃げるならば、理性的にあざとく生きなければならない。というところまではわかっているので、私がいま越えなきゃいけない壁はそこで、そこを越えられたら無敵だなと思う。幸せなのかはわからない。まあ武器は幸せのために使えばいいのだから、銃弾の数は多い方がいいよね。

そういえば「『愛してる』って最近言わなくなったのは本当にあなたを愛し始めたから」と歌ったのはゴスペラーズでした。


会社から福利厚生の色々が届いて、映画が安くなるのは嬉しいんだけど、やっぱこまごま特典見てチマチマ節約するの苦手だなと思った。ルミネカードの優待も結局一度も使ってないもんなあ。思い出したようにホームページを見たら、あっちはアフタヌーンティーとかホテルランチとか、使えそうなのもあったので友人誘って活用したい。すぐ忘れると思う。


今日は在宅だったけど、フレックスで30分早く上がって、わざわざ霞ヶ関に行って日比谷公園で同期と本部長と飲んだ。本部長がしきりに「やっぱり外はいいなー」と言っていて楽しかった。結構嫌がられるけど私もいい季節の外が一番好き。